万里の長城:入口によって見える景色が変わる~北京~The Great Wall

中国

万里の長城は、主に河北省、北京市、天津市、山西省、陝西省、甘粛省、内モンゴル自治区、黒龍江省、吉林省、遼寧省、山東省、河南省、青海省、寧夏回族自治区を含む 15 省の自治区、直轄市に広がる古代中国の軍事要塞です。
1987年にユネスコ世界遺産に八達嶺長城、山海関、嘉峪関の3か所が登録されました。

建設について

下記情報は长城(世界文化遗产-中国古代第一军事工程) – 百度百科を翻訳、要約したものになります。

万里の長城の建設は西周王朝(紀元前1045年– 紀元前771年)にさかのぼります。

春秋戦国時代に列国が覇権争いと防御のため各所で長城を建設。建設は比較的短かく、この時期が長城建設の最初のピークでした。

秦が天下統一を果たした後、始皇帝が戦国時代の長城を修復し、万里の長城と呼ばれるようになりました。

明王朝時代が万里の長城を大修繕した最後の王朝で、人々が見ている万里の長城の多くはこの時代に修繕されたものです。



西周王朝時代は日本の縄文時代にあたります。縄文時代と言えばやっと土器や弓矢を使い始め、竪穴式住居が始まった時代です。日本で竪穴式住居を立てている時に中国では軍事要塞を建設し始めていたのです。中国4000年と言いますが、日本の時代と並べると中国の歴史の深さを感じます。

北京の万里の長城の他に甘粛省にある嘉峪関に行ったことがあります。嘉峪関については別の記事で紹介します。

見える景色

車で連れて行ってもらったため、どの入口から入ったのかわからず…忘れてしまいました。時期もあるのか人もそんなに多くない気がします。

目に見える山々の奥まで城壁が続いています。どこまで行けるのか試してみたくなりますよね。

模様のように見えるくぼみは北側にあり、「矢狭間」といい凹んだ部分から攻撃していたそうです。

急階段が随所にあり、かなり急なので上りの時でも手すりを使わないと上りづらいです。下りはより恐怖でしたね、滑りそうで怖かったです。

手すりが鉄でできているので、冬は手袋がないと冷たすぎてつかんでられないくらいでした。

こちらは城壁と城壁の間にある「敵楼」外を監視する場所です。小部屋がいくつかあり、外が覗けるようになっています。

「敵楼」の穴から見える景色です。

結構高さがあります。

目の前に遮るものはなく、景色は最高です!!!

起伏の激し山々に結構な高さの城壁の建設を昔の人は全部手作業で行っていたんですよね。修繕されてるとはいえ、現在でも残っている当時の建設技術はすごいと思います。

まとめ

幼少期に万里の長城に来たことがあり、帰国後もいつかは絶対また行きたいと思い続けていたのが万里の長城です。日本にいると感じることができない、こんな世界があるんだなと幼少期に感動したのを覚えています。

大人になっても考えることは同じでした、感動したと共にまた行きたいと思える場所です。入る入口によって景色が変わるので、他の景色見たさに何度でも行きたくなります。

皆さんが行くときは是非、入れる場所を調べて興味の入口からご入場ください。

※注意点
私が万里の長城に向かっている途中のことです。万里の長城が見えたので「着いた!」と言ったら、案内してくれた人が「あれは偽物だよ」と…。なんと偽物の万里の長城が建設されていたのです。
偽物と知って行く人もいれば、偽物と知らずにだまされて連れていかれる観光客もいるそうです。

あと、私の友人が偽札をつかまされたのも万里の長城に向かうタクシーだったそうです。別で行った2人の友人が同じ手口でだまされたと言っていました。

個人旅行で万里の長城に行かれる方は気を付けて下さい。

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